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No.1  自己紹介/きものとの関わり&サロン運営にあたって 1999.07.01
2003.06.12 更新 

サロン「きもの村」を主宰する長根英樹です。
プライヴェートなコミュニティへの参加、共創による村づくりを
呼びかけ、村長として村運営を進めていくにあたって、自己紹介を
行うとともに運営の根本動機・基本的立場についてご案内します。


【自己紹介】

 1966 岩手県生まれ。
      水沢市にて中学、高校時代を過ごす。

 1985 高校卒業後、大学進学。
      神奈川県横浜市港北区日吉へ。

 1989 大学理工学部卒業後、PR会社へ入社。
      PR会社にては、メディアセクション、アカウント(営業)
      セクションを経て、企画セクションへ。

 1994 山形県の長期10カ年計画のビジョンコミュニケーション
      プロジェクトチームに参画。
      山形出張の際、米沢に立ち寄ったのが縁で、織元と知り合う。

 1995 山形プロジェクトの後、インターネットプロジェクトチームに
      所属し新たなネットコミュニケーションを研究。
      初めてのきもの、夏の単衣、経:絹×緯:綿の綿御召にて
      きものの魅力を実感。
      婦人画報社「美しいキモノ」を初購読。
      米沢に織元を訪ね、そのラインナップ、織の多彩さに驚嘆。
      PR会社から徒歩1分の小売店「銀座もとじ」にて角帯を探しつつ、
      機械織大島紬アンサンブル(2枚目のきもの)を購入。
      11月 「鈴源織物 きものホームページ」公開サポート。

 1996 30歳にて織元の娘と結婚。12月末PR会社退社。

 1997 4月  米沢 鈴源織物有限会社 入社。
          ネット交流を通じ、きものくらぶの沢井夫妻と初会合。

 1998 3月末 独自ドメイン suzugen.co.jp にて、鈴源織物ホームページ
          リニュウアル。
          コミュニティコーナー「鈴源村」プレオープン。
      7月末 鈴源織物有限会社 退社。
      8月  「鈴源村」閉鎖。
      8月末 独自ドメイン kimono.gr.jp を取得。
          「きもの村」プレオープン。
      9月  「きもの村」正式オープン。
          株式会社銀座もとじに契約社員として入社。
          米沢をベースに、月2回ほどの出張で銀座店頭へ。

 1999 2月  「きもの村」一部機能を残し休村。
      3月  「きもの村」休村/クローズ。
      3月末 株式会社銀座もとじ 退社。
      7月  「きもの村」再開。

 200012月  「小沢一郎政治塾」1期塾生合格

 2001 4月   「長根英樹ホームページ」 公開

 2002 8月  「小沢一郎政治塾」1期卒業

 2002 「きものダンディズム」をテーマに男のきもののプロデュースに
 2003 取り組む。
      「スローライフ」運動を、衣・食・住(food, clothing, and  
      housing)の「衣」の分野から進める「スロークロージング」を
      提唱、プロデュース。
      装いのメッセージ性(言語的機能要素)に着目し、服装による
      “会話力”を高める「服装リテラシー」の重要性を提唱。
      論文寄稿やメールマガジン等で活動を展開。
      きもののプロデュースと地域再生、日本の精神文化再興などを
      総合的に捉え、幅広い視点からきもの心、和の心の見つめ直しに
      取り組む。



【きものとの関わり】

   30を前にしてきものの魅力に目覚め、30を過ぎてきものの
  世界に飛び込みました。

   しかしながら、その前は洋服に凝っており、お洒落研究が趣味。

   ・大学卒業旅行で、Ermenegildo Zegna のス・ミズーラ
    紺のスリーピースをオーダー。
   ・ネクタイ80本。
   ・ストール/スカーフ40枚。
   ・シャツ70枚。
   ・編み上げブーツ8足。
   ・白麻スリーピース。
   ・ダブルジャケット&ダブル衿つきベストのスリーピース。
   ・革ものに目が無く、ロングコート3枚。ジャケット1枚。
    ジャンバー6枚。パンツ2枚。シャツ2枚。
   ・披露宴用にロンドンでフロックコートを入手。
    などなど。

   山形出張時、米沢に立ち寄ったのも米沢織のストールを入手する目的。


 右:1996 年 結婚披露宴にて フロックコート
        洋装 昼正礼装(クラシックスタイル)

 



   ここで、私のきもの好きは、きもののみにあらず。

   装い、
    ・それは美意識の表現であり、
    ・時と場(TPO)をどう解釈し、どの様な心持ちで臨むか
     というわきまえの表現、
    ・スタイル(流儀)の表現、
   すなわち己の心の在処(ありか)を表現するアイデンティティそのもの。

   その意味で、和洋を問わずスピリチュアルで奥深いものと捉えています。


   きものについて在り来たりのイメージしか持たず、と言うより
  実際に間近に見て触れることなく、お洒落=洋装との観念で、きものを
  装いの選択肢に入れることすら想像の出来なかった私にとって、
  きものとの最初の接点が米沢の男もの専門メーカー鈴源織物の
  織物であったことは幸運であり、運命的な縁を感ぜずにはいられません。

   装いの要素として、デザイン・素材・生地・色・仕立て・コーディ
  ネイトなど様々ありますが、私の中で素材・生地の占める意味合いは
  非常に高く、中でも織りによる色柄表現に魅力を感じています。
   例えば、ネクタイでもプリント柄のタイプではなく、織柄のものを
  好んで揃えていました。

   きものを生地(テキスタイル)、織りという観点で見たとき、その
  技/表現の多彩さ、繊細さ、何より美しさに驚嘆しました。
   ・夏素材、捩り(もじり)による男の透け素材。
   ・袴の縞目に見る、色合わせ・縞の太細等の組み合わせの小宇宙。
   ・玉虫の微妙な光の移ろい。
   ・「ヌメっと」とはまさに糸偏に光りと書いて「絖:ぬめ」という
     繻子(しゅす)織りのなめらかで光沢のある織物に由来の言葉とは!
   糸の取り方の違い、撚り方の違い、交差法則の違い、色合わせの違い、
  これらの組み合わせ方により無限の可能性を秘めた織りの世界の美。
   将来的には、織の分野でのクリエイティブを志向しているところです。

   また日本が世界一の絹消費国(http://www.world.co.jp/fashion/know/k_18.htm
  ヨーロッパ各国の合計よりも多い)であることは後に知ったことですが、
  素材としての絹のもつ力、光沢・しなやかさ・張り・強さ・贅沢さを抜きに
  きものの魅力を捉えることは私には出来ません。

   そのデザインにおいては、打ち合わせスタイルによるゆったり感と
  ともに、洋装と大きく違い首もとを見せるという意味での襟元の美意識、
  端正なたたずまい。
   1反(約38cm×12m)の布地を巧みに裁断し合わせる裁断図の
  美しさ。それは、直線裁断を基本とし解いて縫い直すことを前提に
  生地を活かし切るという仕立て哲学の美と捉えることが出来ると思います。

   装いで気持ちを表すと言う意味での素材、生地、色目、柄、小物等の
  コーディネイトにおける機微、繊細さ、洒落心。

   これら先人の積み重ねてきた蓄積の奥深さに対する敬意と謙虚さ。
   これが、私がきものの魅力を分かち合い、あらたな価値の創造を
  模索する際の前提であり、きものへの想いの原点です。


   ここで、「私のきもの好きは、きもののみにあらず」としたのは、
  その形/デザインだけをしてきものを好きだというのではなく、
   ・素材・生地、技・洒落心の蓄積といったものを踏まえ、装いに意義を
    見いだすことが好きで、
   ・和洋を問わずファッション、突き詰めるところのスタイルに興味があり
    好きだということで、
   こう言った前提において、自分の心を素直に表す装いとしてきものを捉え
  魅力を感じ、好きだという意味です。

   いずれ、これら美意識、スタイルといったものは捉え方、趣味/嗜好の
  問題ですので、絶対的な価値を論ずるのではなく、“単にきものを着ていて
  好きだ”というところから一歩踏み込んだ形で趣味を同じくし、“素材・
  生地そのものが好きで、背景・心を解釈したり、装いで心を表現したり、
  過去の着道楽・洒落心を学んだり、あらたなものを創造したり、想いを
  同じくし、品よく交流することが好きだ”という仲間によるサロン共有、
  コミュニティ運営が基本となります。


   サロン「きもの村」の交流においては、この想いの共有を前提とし、
  ともに先人の蓄積を学び、継承し、現代に昇華させあらたな価値を
  創造する共創による村づくりを進めていきたいと考えています。

   想いを同じくする同志の参加をお待ちしています。
 
 

      

 
No.2  きものを通じて、温故知新 ― 日本の伝統的価値観を再構築 2001.04.01
2001.04.01 更新 

きものを通じての温故知新。
新たな時代に日本の伝統的価値観を再構築するに際して、
きもの、きもの心の持つ意義、可能性について考えを
ご案内いたします。




新たな時代の精神、心の在り様、価値観や文化を、今一度
あらためてつくり上げる意味において、自分自身の内部、
日本の内部にあるものを見つめ直して、その本質的意義を
探る「温故知新」が大切になると考えます。

日本文化の伝統的な価値観、先人達の蓄積のすばらしさ。
私はこれらのものを、きものを通じて、観念的にではなく、
衣服を身に着けるという生活に根ざした形で体感し、普遍
的な価値を持つもの、新たな時代を担う価値観となるもの
として確信を得ることが出来ました。

「衣食住」と言われる様に、衣服装いは、それぞれの人々、
地域、国の文化、すなわち価値観や美意識、心の在り様と
密接に関わり、相互に影響を及ぼし合う関係にあります。
そして、日本の伝統的な価値観形成の土台となり、同時に
和の心を表現してきた装いは、まさに和の服“きもの”に
他なりません。


きものを着ていると、季節の移り変わりに関する敏感さ、
繊細な感受性を実感します。
様々なきもの素材、織物の分類、それらのコーディネイト
には、微妙な季節の移ろいを感じ、それを味わい楽しんで
来た様子が見て取れます。

春夏秋冬、四季の分類だけではなく、更に細かく分類した
中国伝来の二十四節季も感じ分け、実際に生活慣習や衣服
装いの中に取り入れてきた繊細な感性。
これは、自然への慈しみ、感謝につながり、弱いものへの
優しいまなざしにつながります。
私の第二の故郷である山形県南部の米沢、置賜地域には、
「草木塔」という、自然の木や草花を供養する搭が数多く
残されています。

また、花鳥風月を愛でる心は、自然と一体になる中で生活
のメリハリを味わう風流、美意識につながります。
更に、人智をはるかに越えた自然の営みへの畏敬は、人間
より大きなものの存在を確信させ、時に高い理想へ一身を
ゆだねる高度な公私関係の基礎になったものと思われます。


きものの仕立て、布の段階活用には、ものを大事に愛おし
む心、エコロジカルな思想を感じることが出来ます。
隙のない直線的な裁断図には、真理の強さ、美しさが表れ
ており、生地を無駄にすることなく再び一枚の布に戻して
活用したり、揚げや繰り回し等によりうまく再生する工夫
が見て取れます。
布は、補強、継ぎ等により大切に使われますが、布として
の強度が落ち、破れやすくなった最終段階でも、更に細く
引き裂かれ、再び布糸として新しい糸と共に織り込まれる
裂き織り技法などにより最後まで活用されます。


きものの素材、色、柄、小物も含めた深い吟味とこだわり。
また、それらの意味性を象徴的に捉え一つのストーリーを
描く高度なコーディネイト解釈。
時と場、立場に応じた多段階の礼装表現など。
これらからは、知的なしゃれ心と共に豊かなセンス、大人
の男のダンディズムなどを感じることが出来ます。


「襟を正す」「折り目正しく」などの言葉がありますが、
礼装、公的な装いスタイルからは、公私のメリハリを大切
にする心や覚悟が感じられます。
気軽な着流しスタイルとは違い、公的な装いである袴姿は
凛と気持ちを引き締め、装う側にある種の覚悟を求めます。
「仁」という愛徳をもって治め、「忠」の義により理想に
身を委ねる武士道精神は、紋付き袴スタイルであればこそ
心に宿ったエスプリであったと考えます。




ここで武士道の精神について、あらためて見つめ直しその
神髄を探りたいと考えます。
武士道は、私の第一の故郷、生まれ育った岩手県の新渡戸
稲造博士が、諸外国に日本の文化、精神基盤を伝えようと
約百年前に英文で著した書です。
現代では、かつての封建的な主従関係の要諦を解説した、
古い日本文化論として捉えられる面もあるやに見受けます。

しかし私は、昔話としては捉えておらず、新たな時代にも
活きる深い示唆を与えてくれるものと捉えています。
そしてその示唆は、文中において紹介のある一君主の言葉
に象徴的に表れていると考えます。
私の第二の故郷、米沢の上杉鷹山公が家督を譲る際、後継
者に授けた言葉「伝国の辞」です。

「伝国の辞」
一、国家は先祖より子孫へ伝へ候国家にして我私すべき物
  にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこ
  れ無く候
一、国家人民の為に立たる君にして君の為に立たる国家人
  民にはこれ無く候

この言葉から読みとれるのは、高い理想主義の精神です。
君主と武士、人民との間に、直接的な主従の関係ではなく、
共通の理想を仰ぎ、共にそれぞれの立場、役割意識で理想
実現に取り組む関係性が存在した点に、深い示唆と感動を
覚えます。


上杉鷹山公については、同じくほぼ同時期に著された内村
鑑三氏の「代表的日本人」においても紹介があります。

米国第三十五代ケネディ大統領は、これらの書に目を通し
ていたとされ、記者会見において「最も尊敬する日本人は」
と聞かれた際に、上杉鷹山と答えたと言われます。

大統領就任演説における有名な一節、
「国が何をなしてくれるかを問うのではなく、
 国のために何をなし得るかを問うて欲しい。」
という言葉には、個人の自由や権利とは別の視点から、国
のトップリーダーと国民とが共に共通の目標に向かう姿勢、
相互の義務という面で、武士道精神の粋との共通性が見い
出せます。
単なる民主主義ではなく、リーダーの役割、高い精神性を
重視し、国民にも参加義務を求める形で君主政治との高い
次元での融合、昇華のエスプリが窺えるところです。




日本において、君主と武士、人民が仰いだ共通の理想は、
様々な外来文化の吸収により枝葉を広げながらも、脈々と
して根を長く伸ばし、日本古来からなる英知の年輪を積み
重ねてきた太く真っ直ぐな樹幹そのものであり、非常に純
粋で故に普遍の価値を持つ「天道」、天の道理であったと
考えます。

日本は無宗教の国ともいいますが、個々人における各々の
信仰はともかく、国、社会としては、特定宗派にとらわれ
ることなく、その存在を認めた上で八百万の神として尊重
しつつ、それらの高位に天道を位置づけ仰いできたものと
考えます。

上杉鷹山公の政治により、約二百年前、米沢、置賜地域は
まさに天の国ともいえる理想社会を実現します。
その象徴的なエピソードとして、実際に米沢を訪ねた学者
が残した「棒杭の商いの話」があります。
“人里離れた道の傍らに、わらじや果物などを棒杭にぶら
 下げた、管理人のいない市場がある。
 人々はそこに記されている通りのお金を置いて品ものを
 持ち帰る。
 こういった市場で、盗みが起こるとは誰も思っていない
 のである。
 この様な商いが、現実として行われている。”
この様な話です。
こうして米沢は、「至治の国」、治世ここに至れりとまで
言われる様になったとのことです。

この様に、天道に基づいた高度な理想主義、日本の文化、
和の伝統的な価値観には、凛とした気概、繊細な感受性、
慈しみやさしさなど素晴らしい宝、普遍の真理が詰まって
います。
今あらためて温故知新、この豊かな精神基盤を復興再構築
することこそが大事であり、新たな時代を切り開いていく
基礎となる課題であると考えます。


私は、今後国内のみならず外国訪問の際も含めて、折々の
場面できものを装い、きものスタイルを通じて、和の心や
日本の伝統的な価値観、新たな時代に目指す理念の背景を
伝えると共に、関心を持ってもらい理解を深めて行きたい
と考えています。



長根英樹ホームページより
 

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  :1999年 7月 1日   更 :1999年 7月 1日


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